霊泉寺温泉は長野の上田にある温泉街で、――と書いてみて、果たして「街」といえるほどのものなのかと考える。実際訪れてみると数軒の宿が並ぶ通りはいかにも侘しい。北向観音の参道に土産物屋と食堂が建ち並ぶ別所温泉のような観光地然とした趣は微塵もなく、それが佳いという人もいるのだろうが、いかにも寂しすぎる。

近くの田沢温泉に「富士屋」という宿があり、コロナ前には繁く通ったものだけれど、この数年でリフォームを行い、やや高級寄りに路線変更したことを最近知った。GoToトラベルの恩恵を受けてか内外装を新しくして高級宿――といえるほどではないものの、宿泊料金を5千円以上あげてクラスアップした宿は多い。

もっともそうした中堅クラスというべきなのか、そうした宿は男女別の大浴場に分かれているのがほとんどで、貸し切り風呂を持つところは少ない。「富士屋」も以前は露天つきの男女別大浴場のほか、無料で入れる小さな貸し切り風呂があり気に入っていたのだが、楽天トラベルを見ると、最近は別料金となってしまったようだ。クラスを変えれば畢竟、客層も変わってくる。客を多くとるとなれば、貸し切り風呂に入れないとクレームを入れる者も出てくるだろうことは容易に察せられる。以前であれば、信州に行くときの第一候補となったであろう田沢温泉だが、今回は別の宿を探してみることにした。

玉山温泉が安宿の割に思いのほか快適だったので、今回も安宿で温泉通に評判の良いところは、と当たってみたところ眼についたのが霊泉寺温泉の「遊楽」だった。楽天トラベルでの評価も非常にいい。そして何より玉山温泉の「石屋旅館」を知るきっかけとなった「基本安宿を巡るカブ」さんが定宿としているとのことで、今回はここに決める。

生島足島神社を参拝し、内村街道から横道に入ると雪が残っている。車道は二台がすれ違いで通れるほどの幅はあるものの、道の脇には除雪されないまま積もっているので、いまは一台が通るのがやっとだった。対向車が来ないことを祈りながらゆっくりと進む。



赤い橋を渡ると、右手に霊泉寺温泉の無料駐車場があり、車をまずそこに停めた。「遊楽」はそこからすぐそばにあり、外観は昭和時代の趣が強いごく普通の二階建てで、中に入るとすぐ眼の前が食堂というふしぎなつくりになっている。

奥に人の気配はあるものの、出てくるようすはない。すみません、と声をあげると、女将さんが出てきた。このご時世だからはじめての宿は緊張する。首都圏から来た客を宿がどう思っているのかが判らないからだ。

二年前、ようやく緊急事態宣言が明けたあとの別所温泉で宿の人から聞いた話だと、宣言中も東京からの客はそこそこいたということで、別所温泉じたいに首都圏からの客を忌避する雰囲気はないように感じられたものの、そのあとご主人がすかさずこう付け加えた。
「それでもコンビニに車を停めるときには気をつけた方がいいですよ」
当時は他県ナンバー狩りがメディアでも様々に報じられてい、近場では静岡の伊東にある温泉施設での凶行をはじめ、徳島ではたしか知事自身が県民を煽るような発言をしたりと色々あったことを思い出す。実際GoToトラベルで長野の松本を訪ねたおり「他県民の方お断り」の張り紙を見たときには、本当に身体の芯も震える思いで、その場から慌てて逃げ出したことは言うまでもない。

女将さんから宿の説明を受けながらも、実を言えば貸し切り風呂からトイレに至るまで、すべては写真で見て知っていたので、笑顔で神妙にうなずくだけで会話をするのは憚られた。とにかくマスクをしているから、相手の表情が読み取れない。それはもちろん相手も同じなのだろうが、考えすぎとは思いながらもやはり気になってしまう。

案内された「福乃間」は広縁つきの部屋で、すでに布団が敷かれてあり、炬燵の用意もされていた。石油ヒーターが暖かい。洋服をしまうロッカーがないのに戸惑ったが、長押にハンガーを吊してこれに替えるものらしい。


無闇に大画面のテレビには驚いたが、これだとテレビ台を必要としない利点があるからこれはこれでありかもしれない。入口を入ったところに浴衣、バスタオル一式が揃って置かれていたが、最近は持参のタオルとパジャマを使うことが多いので、チェックアウトまで使うことなくそのままにしておいた。

夕食は6時からということなので、まだ2時間以上ある。幸い宿泊客は自分たちだけということだったから、さっそく温泉に浸かることにする。
(続く)
霊泉寺温泉(1) 遊楽・館内編
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