[2021-12-09] 福島県 玉山温泉 石屋旅館(1)
震災のときに女性浴場を調理場に変えてから、現在利用できるのは階段を降りたところにある男性浴場のひとつだけとなっているらしい。だが古い宿とはいえ、この浴場はここ最近手を入れたらしく、写真の通り古びた感じはまったくしない。そして何よりおどろいたのがそのぬめりのある泉質で、PH値は確認できなかったものの、七沢温泉の「中屋旅館」や奈良田の「白根館」に勝るとも劣らない気がする。
いわきの鉱泉はこのぬめりのある泉質が特徴らしく、女将の話だとかつてはいわきの鉱泉協会なるものがあって、これには30以上の宿が名を連ねていたというが、それも今では15ほどに減ってしまったらしい。閉業の理由には、2011年の震災の影響はもちろんあるだろう。しかし当時はいわきの宿のそこここに震災処理の作業員たちが長期滞在をしていたというから、それなりに繁盛していたはずで、震災特需とでもいうべき賑わいが去ったあとの戦略を思い描くことができなかったのか。
いわきでも湯本の宿のいくつかがインバウンドの客に眼を配った改装を施していたのも記憶に新しい。だがそれも温泉街だからこそ考えられることで、奥深い山中の鄙びた温泉宿が彼らの眼にとまることもほとんどなかったに違いない。そうこうしているうちに宿の経営者も歳を重ね、賑わうこともない宿をこのまま細々と続けるべきかという選択を迫られることになる。
この玉山温泉にある三軒の宿も後継者はいないらしい。これだけの素晴らしい泉質を誇りながら、石屋旅館の女将もまた「あと二、三年続けることができれば」などという。コロナ禍の影響とはまた別に、全国の宿はこうした問題を抱えているのだろう。とはいえ、google mapを見た限りでも、四倉のさらに北を行ったところにも数件の宿がある。調べてみると、そこもやはりPH値の高いぬめりのある泉質が特徴というから興味は尽きない。

初めて入ったいわきの温泉はハワイアンズのモノリスタワーで、これは今でも五指に入る泉質だと思う。十代からずっと苦しめられてきた群発性頭痛と顔面痛が、一度この温泉に入っただけで快癒したのだから、自分とは相当相性がいいのだろう。。おそらくは石炭臭というべきものなのだろうけど、嫌いではない。


このあと湯本の温泉宿をいくつか試してみたものの、モノリスタワーの温泉には劣る。あの幼いころ線路で嗅いだ枕木のにおいがするモノリスタワーの湯は独特のもので、硫黄臭のある湯本の泉質とは大きく異なる。地図を眺めてみると、モノリスタワーは、むしろ「春木屋旅館」のある白鳥温泉に近いのかもしれない。
モノリスタワーの泉質には及ばないものの、湯本で一番と感じた温泉といえば、「雨情の宿 新つた」の混浴風呂だろうか。ただここは湯本でも高級宿となり、そうそう気軽に泊まれるところではない。さらに言えば家族風呂もないし、このご時世に大浴場にゆっくり浸かるのにも躊躇いがある。畢竟、浴室は小さいものの、家族風呂として貸し切りで入ることができる安宿を探すことになってしまう。

その意味では、全館を貸し切りにできたときのここ「石屋旅館」はまさに理想だと思う。三つのカランを設えたシャワーの出は悪く、このあたりは鉱泉にありがちではあるものの、そのぶん浴槽の湯をふんだんに汲んで頭から身体までを洗えばいい。シャンプーはいち髪にビオレが3セット設えていて、安宿とはいえこのあたりはぬかりない。

鉱泉だから当然ボイラーで湧かしてあり、浴室の左奥から熱い湯が吹き出してくる。食事の最中に女将が源泉を足してくれているそうだが、蛇口をひねると冷たい源泉を足すことができるのも素晴らしい。
浴室にある二つの窓を開けると湯気に霞んだ浴室にも涼風が立ち、大ガラスの曇りが払われていく。浴室の窓のすぐそばには里芋が長い葉を垂らし、その向こうには蜜柑の樹があった。部屋のテーブルに置かれていた蜜柑はここのものかもしれない。

食事は6時からがいいと女将には告げてある。4時過ぎに宿に着いてから1時間半ほど湯に浸かり、ようやく脱衣所を出ると、焼き物らしいにおいがする。はじめての宿の食事は、味はもちろん、ここ最近めっきり小食となってしまった自分には、いったいどれほどの量なのかということが気にかかる。この日の昼は道の駅よつくら港で、大ぶりな唐揚げのついた日替わり寿司を食べていたものの、長い時間湯に浸かったおかげが、それなりに腹も空いてきたような気がする。
そして――結論から書いてしまうと、この宿の夕食は想像以上に満足できるものだった。
(以下、夕食編へと続く)
[2021-12-09] 福島県 玉山温泉 石屋旅館(3) 夕食編
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